庄司創「白馬のお嫁さん」(2014-2016)は、 近未来の日本で男子高校生たちが嫁探しに奮闘する婚活マンガであ る。
遺伝子改造こそされてはいるが性的には異性愛者の男性の清隆は、 3巻で自身が抱えている問題が解消されたことで突如として婚活仲 間の学への恋愛感情を自分が持っていることに気付く。 学は外見こそ可愛らしい女性に近いが、 人工的に遺伝子を組み換えられて特殊な生殖器を持つ「産む男」 であり、恋愛対象は異性の女性のみである(「産む男」 の性的指向は様々であり、 同姓である男性を好きになるタイプも存在する)。 性別だけでなく、 学の理想のタイプからも自分がかけ離れていることから、 清隆はこの恋愛から降りることを選択し、 大切な友人である学の幸福を支えることもまた己の幸福であると強 引に自分を納得させようとする。
一方、密かに清隆の自分への気持ちを知った学は、「でも そこまでするべきなんだろうか」(「白馬のお嫁さん」
それをしてしまったら、
愛と聞くと、ジョン・
人は恋をすると、それまで客観的に見れていた筈の世界が、好きになった相手一色に染まってしまい、それ以外のものが一切目に入らなくなってしまう。そういう時、人は周囲を顧みず相手のために自分が持つ全てをかなぐり捨てて愛に殉ずることだって出来る。
3巻の終盤、
3巻の単行本のカバー裏には、 病院内で緊張した面持ちで見守る清隆の傍らで、 瞼を閉じたままの学がロボット注射を受けている場面が描かれてい る( おそらく同性への性的指向を持つことが出来る化学物質を分泌させるナ ノマシンのようなものが注入されているのではないだろうか)。個 室へ案内され、 薬が効き始めてからは清隆の顔を見つめ続けるよう学は看護師から指示を受ける。そっと目を開いた学は、 清隆とお互いの顔を見つめ合う。 学の表情は病院の窓から射す陽光のように柔らかく、穏やかだ。 二人の表情に微かな戸惑いは残っているものの、 悪い不安のようなものは見当たらない。
本編に含まれていないのが悔やまれるくらい、 この場面の美しさには震えてしまう。未来の科学技術で変容した性 や愛のありようが、 グロテスクにでもディストピアのようにでもなく、 ごく自然に肯定的なものとして描かれていて、 畏敬の念すら抱いてしまう。 こんな風にテクノロジーで作られる愛の形があっていいし、 未来の世界には実際にありえて欲しい。「産む男」 が存在する世界の方が、自分が今生きる「産まない男」 しかいないこの世界よりも、ずっと良さそうに見える。きっとグレッグ・イーガンにだって、村田沙耶香にだって、 こんな未来のありようは幻視出来ないだろう。二人が生きる世界が羨ましい。